これは特に
日本人にとっては
厄介な不要なモノサシですよね(;´・ω・)

ですが
このモノサシは
この瞬間からすぐに捨てて構いません。

というのも
そもそも
日本という国自体が
他人との相互監視的な部分が

強すぎる国である。

ということも関係がしていますが
ここを抜きに考えても
そもそも
他人の評価
呼ばれるものが
正当性があるとは限らないし
ましてや
神の言葉の様なものでもありません。

ただ
そうはいっても
他人からの視線や言葉、態度などで
嫌な気持ちになったり
パフォーマンスが下がったり…(;´・ω・)
ということは
珍しくないでしょう。

ただ、ここでも
こう考えて貰いたい。

珍しくないでしょう。
という言葉自体が
そもそも
正当性があるとは限らないだろう(・・?
とね。

この言葉の意味するところは
いたるところに溢れている。
つまり
よく見かけることである。
という
認識が強いでしょう。

ですが
ここがまずは
おかしくないか?
思って欲しいのです。

それは
周りに沢山いるから、あるから
それが普通で
正しいことである。
思考停止で決めつけないことです。

それこそ、そーいう時に思い出して欲しい
超有名な歴史的な事件があります。

それは
天動説と地動説です。

この事件を考えれば
いかに
大衆と呼ばれる人々の支持が
当てにならないのか?
ということが
嫌という程に
理解できるハズです。

特に
日本では
少数派=おかしなやつ。
という決め付けが
珍しくありません。

多くの人が
そもそも
存在をしていない
これが正しい真っ当な道。
という
妄想のレールに取りつかれています。

そんなもの
最初から存在していません。

それらなのに
多くの人が
これが~(`・ω・´)
ということを言い出したり、信じだしたりすると
本当にその人達には
その様な幻覚のレールが見え始めるのです。

ですが
そもそも
人間というのは
一人ひとりが
完全に違う生き物です。

人生というのも同じです。

多少部分的に似たような境遇を共有できることはあるでしょうが
それだけです。

本当に
それだけ。
という言葉で終わりです。

ただ、これは
トコトン自己チューになれ。
ということではありません。

自分をトコトン信じると同じように
他人のことも
認める。
ということです。

まあ、これは別の記事で。

他人からの
出来ない奴
とか
おかしな奴
とか
道を踏み外した
とか
悪意のある妄想に
正当性は
一切ありません。

そしてこれも重要なのですが
多くの人は
過去の「一部の」情報でのみ
他人を判断しています。

そして
これも以前の記事に何度か書いていますが
人間は
自分が今見たいと思う情報しか見ない、認識をしない。
という
RASという生得的な機能を持っています。

しかも
このRASは
人により感知できる幅が違います。
それは生得的というよりも
後天的な理由からです。

わかりやすい例を使うなら
興味が多岐に渡る人はRASの範囲も広がるが
自分の欲望にしか興味がない人はその中の範囲にとどまる。
ということで説明ができます。

自己チューな人間の視野が狭いのもこれが関係しています。

そして
この様な狭いRASの人間は
どんどんRASの範囲が狭くなります。

その様な人間の判断や評価に
正当性
という言葉を使うのはどうかと個人的には思っています。
単なるいちゃもん、妄言くらいでちょうどいいでしょう。

そして
一部の過去の情報ですから
未来の情報に
フォーカスがありません。

例えば
全く料理をしなかった人が
これから毎日3時間料理をする。
そして上達をしていく。
というときに
未来志向の人間であれば、
その未来を叶えた状態を
現時点で観る事ができるので
とても楽しみだ。
という気持ちや
さらにその先に何をするのかな?
という所まで
思考にあがります。

ですが
過去思考の人間には
これができません。

前例主義
という言葉がありますが
常に
すでに起きた出来事との
比較をすることでしか
良し悪しを決められないのです。

ですが
そもそも
過去を基準に判断をすることが
いかに危険であるのか(。´・ω・)?
ということを
よーく理解した方がいいでしょう。

当然ですが
過去と全く同じ状態など
起こりうることは
絶対にありません。

それなのに
何故、過去の前例を絶対的な基準として
神の様に扱うのでしょうか?

まあ、理由の一つとしては
それが楽だから。
ということでもあるのですが。

要は
逐一その都度情報を更新をして処理していては大変だから。
ここでは認識してください。

楽をする為に
手抜きで他人を判断、評価した内容ですから
ますます
信頼性が無いでしょう。

ですので
これ以外にも
まだまだ
書きたいことが
た~くさんあるくらいに

他人の視線、評価
というのは
全く持って
一切合切
当てにならない、
信じるに値しない
情報である。

という認識で
基本的にはOKです。

その判断の一つとしては
過去思考の人間は
この様な人間である人が殆どですから
その様な人間からの妄言は
全て無視をして
自分が思い描くゴールと
そのゴールにいる自分を
信じて
ただ、突き進めば良いのです。


あなたの
より良い未来を
心より楽しみにしています。



それでは
今日も最高の一日を。