タイトルの言葉は、キンキキッズさんの「夏模様」という曲の歌詞から若干お借りしました。

さてさて、年度末でございます。

また、月末が給料日の人は給料日にもなりますね。

最近思うのは、この様な社会の決まり事の様な内容や、某ゲームのこのイベント特典は何日の何時まで…とかの外部からの時間制限、リミットの押し付けの様な内容が、多くの人を無意識的に焦らせたり、エフィカシーを下げさせたり…というマイナスに働いている感覚を強く受けます。

この他にも年齢差別などを始めとする、日本特有の、村社会的な部分から来ている内容も関係があります。

例えば、浪人をすることになった人や就職が上手く出来なかった人、結婚出来なかった人、恋人ができなかった人、ダイエットができなかった人、借金が返せなかった人…とかとか。
他にも、個人により、悩み事は千差万別でしょう。

ただ、これらの内容が上手く行かなかったから凹む…というのはわかるのですが、その時に、多くの人が見落としていると思われるのは、これだけの時間を過ごしたのに…という、時間的な喪失部分が大きく心理的に影響を与えている…ということです。

ですが、ここでお聞きしたいのは、そのショックはどこから来ているのですか?ということです。

これは、雑に見るのではなく、しっかりと出所を明確に把握しましょう!という意味です。

正直、これは、人によっては…というか、多くの人は即、目を背けたくなる内容だと思います。

それも、今まで目を背けた期間が長い人ほどその傾向にあるでしょう。

その気持ちはよくわかります。

ですが、ある意味で言えばこの様なネガティブな感情とは戦争で言えば敵の様なものです。

戦争では勝つことが絶対的な内容です。
というか、勝たなければ、文字通りにすべてを失うことになる訳ですから、何が何でも勝ちに行くでしょう。

勿論、常日頃から戦争と同じように臨戦態勢で過ごせ!という意味ではありません。

そうではなく、戦争でなくても、何かしら問題があるのであれば、まずはその問題の原因をしっかりと把握をしなければ、自分で解決など出来ない訳です。

そういう意味で、しっかりと、具体的な問題があるのであれば、その問題の根源を認識して、意識上に上げるのです。

ちなみに、ここでも先に書いておきますが、原因は単体ではなく、複数の要因が絡み合っていることが殆どです。

そもそも、単体で存在をすることなど、この世の中にはありません。

それは、私たちの身体の構成要因を例にすればよくわかるハズです。

脳だけでもダメだし、心臓だけでもダメ。
多くの臓器、細胞、骨などが複雑に関係をし合い人間は生きている訳です。

これは、世の中も同じなんです。

ですが、抽象度を上げて一言でこれらの悩みの原因を言葉にすることは可能です。

それは…、これらの内容は、全て、他人が作った基準を絶対的な基準としているから苦しい思いをするのです。

例えば、浪人をすることが苦しい…とか、恥ずかしいとか、思うのは典型的な他人からの基準に毒されている証拠です。

この様に苦しんでいる人は、現役合格でないと、劣った人間である。
他人から出遅れている…という様な劣等感を無意識的に感じているのでしょう。

その理由もよくわかりますし、その原因は学校教育の弊害だと個人的には強く思っています。

これらの劣等感はもう少し具体的に言うのであれば、学校教育を中心に植え付けられた内容である…ということができます。

つまりは、自分が全くの0の内容から作り出した劣等感ではない訳です。

むしろ、全くの0からその様な内容を作り出したら、逆に凄いですよ(笑)

自分が自然とその様に劣等感を感じるように生み出したのではなく、周りからダメな奴だ…とか、その様に他者が言われている状態を間接的に取り入れたから、この様な本来は不要な劣等感を持ってしまうのです。

浪人以外でもそうですが、例えば、ダイエットに関しても、今はダイエットの内容も千差万別で、あちらでは良いという内容が、こちらではクソみその様に言われている。

一見すると矛盾をするような内容に溢れており、また現代の食事は高カロリーであるのに、現代人はどんどん、運動不足になっています。

つまりは、日本においては、太りやすく、痩せにくい環境にある…という訳です。

結婚や恋人探しもそうですが、今の時代は結婚や恋人がいるから必ず幸せになる!というウソがどんどんバレている時代です。

それにそもそも、結婚に適正年齢も、時代も一切ありません。

むしろ、恋に落ちるときと同じように、心の底から結婚をしたいと思った時が、その人の結婚適齢期、時期です。

ですが、ここでも変な言葉がありますよね?
人間性に問題があるから、結婚が出来ない…的なね。

むしろ、世間を見渡せ!と言いたい。

家族連れでも、ろくでもない連中がいっぱいですがな。

マジで、社会性が無くて動物かよ…と本気で思ってしまう人も珍しくありません。

あくまでも個人的な感覚ですが、独身者でも当然ですが、まともな人は多いですし、むしろ独身者の方が社会性がしっかりとしている人が多いと感じます。
勿論、これはあくまでも個人的な感覚です。

また、就活などもそうですが、これも、広い意味では税金を多く手に入れたい国家の詭弁という視点も持てますし、一人でも多くのやる気がある労働者を手に入れていという理論もあるでしょう。

他にも、ここには書き切れないくらいの「他人からの押し付け」が日本には溢れています。


勿論、海外にもこの様な内容はありますが、日本人が運が悪かったのは、島国であり、儒教の悪影響が重なったことでしょうか…。

ここに関しては詳しく書くとかなり長くなるので簡単に書きますが、まず日本は国土の広さの割に、多くの言語、つまりは方言がある、世界でも珍しい国です。

これは、明治以前の日本では、基本的に一生を生まれた村で過ごす…というのが普通の事でした。

その為、村という小さなコミュニティが西洋における神の様な存在であったとも言えます。

ですから、村人から嫌われることは、神から嫌われることに近く、また、物理的に自分の人生においても危機になる「村八分」とか、最悪村を追い出されて、一人、もしくは家族だけ大自然の中で、生き抜かなければならなくなります。

それが、どれだけ過酷であるかは簡単に想像ができるでしょう。

そして、近代化が進んでも、この時の精神は日常の中に根深く残り、さらには、気付いてかはわかりませんが、この様な恐怖心を利用して、他人を操る人も多くいました。

学校などでよく聞く「言うことを聴かないと単位をやらないぞ!」とかがわかり易いですかね…。

これも、完璧な脅しですよね。

しっかりとカリキュラムをクリアしても、その教員の好き嫌いで成績を操作するのですから…。

そして、この様な昔ながらの価値観の脅しや嫌がらせなどが、学校だけでなく、まだまだ日常的に溢れています。

そして、すでに書きましたが、人間は自分が直接的に体験をしなくても他者が体験をしている行為を見聞きするだけでも自分がその他者と同じように体験をしていると認識をする生き物です。

つまりは、他人が怒られている所を見ていると、自分も同じように直接的に怒られていると感じるのです。

これは、一説にはミラーニューロンと呼ばれる細胞が関係をしているのでは?とも言われています。

ですので、多くの人が、他人基準で苦しい思いをするのは、その人が他の人が他人基準の内容で苦しんでいる姿を見聞きしたりしていることも、かなり影響が強いのです。

このように書くと、それじゃあ現状ではどうしようもないじゃないか…と思うでしょうが、大丈夫です。

というのも、ミラーニューロンが受け取るのはネガティブな内容だけでなくポジティブな内容も同じように受け取るからです。

これは例えば、仲がいい友人が多くの人から称賛をされると、自分もうれしくなる…というのが、わかり易いでしょう。

また、完璧にその様な理想的な状態でなくても良いのです。

例えば、まだ、目標体重にはなっていなけど、日々のダイエット記録をインスタグラムやYouTubeにアップすることで同じようにダイエットに取り組み始める人が増える。

つまり、他人の行動を促す、良い影響を与える、受ける!ということです。

つまりは、完了形でなく、途中段階の進行形の内容でも良いのです。

多くの場合、悪影響に関しては、世間の常識などは、固定的な内容が殆どですが、いい影響に関しては、どちらかと言うと流動的な内容が多くあると思います。

もちろん、固定的な内容もありますが、悪影響と比較をすると、流動的な内容が多くあると思います。

人間というのはどうしても、他人からの影響を受ける生き物です。

これは生物学的にミラーニューロンを生得的に持っている生き物である以上避けられません。

ですが、どのような影響を受けるのか、採用をするのかは、自分で決めることができます。

この時に個人的に面白いなと思うのは、ネガティブな内容は論理的に、ポジティブな内容は感覚的に…という体感です。

これはそれぞれを操作、採用するときの体感なのですが、ネガティブを排除するときは最初に書いた様に、とにかく根源を見つけだし、論理的な介入をメインにして、とにかく情動が暴走をしないように、また同時に、論理的に操作ができるようにしていきます。

それとは逆に、ポジティブな内容は論理的な体感よりも感覚的な体感で、これはいいぞ~!という感じで、即、もしくは、かなり速く採用をします。

勿論、後々論理的な解釈をすることもありますが、ぶっちゃけ、後付け的な感じも結構あります。

もちろん、これを他人に伝えるときは、言語化をするので、半ば強制的に論理的な介入をするのですが。

そして、最後にこの内容を伝えておきます。

他人の基準は絶対唯一の基準ではなく、もの凄くいい加減に、そして、都合よく利用をされているだけである。

現代であれば、他人を攻撃して、自分が気持ち良くなるために、これらの常識と呼ばれるマガイモノをあたかも真理の様にして、悪用をする人間がそこらじゅうにいます。

この様な人間がよく利用をしているからと言って、それが本当に論理的であり、真実であるという根拠にはなりません。

むしろ、この様な性格が歪んだモラハラ人間の様な連中は、当然ですが情報自体も歪んで利用をします。
つまりは自分の煩悩を満たすために都合のいいように解釈をして押し付けてくる…ということです。

この様な人間は程度の差はあれ、ネット以外の日常にも多くいます。

もしくは、基本的には良い人でも、部分、部分で、この様な偏見を持っている人もいます。

ですので、不意の攻撃、嫌がらせとかを直接的に他人からされたり、あるいは今の時期の様にとりあえずの社会の決まり事からの悪影響をまともに受けないでください。

年度が替わろうが、元号が変わろうが、正直なところあなたの人生にはほとんど関係がありません。

それこそ、これらの悩みは日本から離れれば一発で関係がなくなる内容です。

つまりは、本当は、これくらいに些細な内容なのを、周りがものすご~く大げさに、誇張をしている…ということです。

他人の基準に振り回されることほど、無意味なことはありません。

しっかりと自分の基準を持って、そして、同時に他人の基準も尊重していきましょう。

これからの時代は、自分で流れを作った人勝ちです。

どんどん、個人で流れを生み出してください。


それでは、今日も最高の一日を。