以前の記事にも少しだけ「君の膵臓をたべたい」についての記事を書きたい!と書いてあるのですが、小説の方の記事は、もう少し時間がかかりそうです。

なので、先にコミック版の方を書いちゃおう!と思い、今回の記事を書いています。

帯にも、「原作の目指したものを、漫画でしかできないやり方で描いてくださいました」という原作者である住野よるさんのコメントがあります。

私としても、私の中でイメージをしていた内容とも非常に近く、また、漫画ならではの表現方法のおかげで小説とはまた違った面白さを味わうことができました。

現代では読書習慣自体が年々下がっているので、小説でもハードルが高いのでは?という感覚を私は持っています。

ですので、それであれば、漫画版でも良いので、とにかく「キミスイ」に触れてもらう確率を高くしたいという思いもあり、今回の記事を書いています。

そして、こちらがコミック版になります。








アニメ映画とは違う、可愛い「桜良」がここにいる。

まず最初に謝っておきますと、アニメ映画と実写映画の方は私は見ていないので、内容を知りません。

ただ、アニメ版の桜良は、アニメーター、イラストレーターである「岡雄一 さん」という一流のクリエイターさんが、キャラクターデザインと総作画監督をされています。

岡さんと言えば、日本で一番可愛い女の子を書くとも言われている漫画家、「矢吹健太朗 さん」が作画をされている「ToLoveる」シリーズのアニメが有名なのではないでしょうか?

キミスイの小説を読んだ後に、確かアニメもあるハズ…と思い、探していたところ、ちょうどBD版が発売をするときでして、そのトレーラーがYouTubeなどにありました。

まあこれは、原作者の住野さんがツイートをしていたのですがね(笑)

そこから、岡さんが関わっていることを知り、軽くですが、調べたところ…。
まあ、岡さんの「山内桜良」は、可愛いこと、可愛いこと(笑)

正直な話、岡さんの桜良は、何度も言うように可愛すぎるので、残念ながらイメージ通りなのに、ちょっと違うという、これまためんどくさい感覚を持ってしまいました…。

ただし、もう一度言いますが、岡さんの桜良も大好きですからね!それは勘違いしないでください!
漫画版よりも、ちょっとだけ「大人びている桜良」は、これはこれで、ものすごくアリです!!!


まあ、キミスイだけでなく、違う媒体での作品化をする際には、多少なりとも、原作からズレる内容が入ったり、変更点があることは珍しくありませんので、そのような現状もふまえて考えると、アニメ版のキミスイも本当にクオリティーが高いと感じています。


そして、比較的原作に近い形で描かれることが多いのが、小説から漫画へという流れになります。

これは、あさのあつこさんの「バッテリー」という作品がわかりやすいと思います。
まあ、これについては後述をします。


さてさて、桜良の可愛さについて続きを書きましょうか(笑)


漫画版の桜良は、私がイメージしていた桜良とだいぶ近くて、大変うれしかったです。

一番イメージと近かったのは「僕」でしたが(笑)

あと、ヒナはちょっとイメージとは違いましたが、これはこれでアリでした(笑)
「僕」の好みがよくわかりましたね(笑)

ただ、コミック版の桐原いづみさんの桜良と、先程から書いている岡雄一さんの桜良のおかげで、2倍楽しめるので、本当にここはうれしい限りです(笑)

原作のイメージをできる限り正確に表現をしている

これは先程書いた、あさのあつこさんのバッテリーにも共通をする内容になります。

キミスイについては、詳細は分かりませんが、おそらく、原作者の住野さんと、作画を担当された桐原いづみさんとの間で、しっかりと作品のすり合わせをしているハズです。

その中で、漫画ならではの表現を取り入れたり、何かしらの理由でカットになったシーンや台詞などがあります。

ですので、可能な限り外部の人の手が加わることがなく、住野さんのイメージを極力漫画化した!という感じです。

バッテリーのコミック化に関しては、作画担当の柚庭千景さんと原作者のあさのあつこさんが電話でのやり取りをしたり、実際に柚庭さんが舞台となる街に取材にいって写真を撮りまくっていました(笑)

このようにアニメとはまた違った作品作り、あえて言うのであれば「少数精鋭」で漫画を作っているような感覚です。
(あくまでアニメ作りと比較しての少数精鋭ですからね(笑))

そのために、中心となるお二人のイメージを最大限に表現されることになるので、クオリティーが高くなりやすいのです。

それを証明するように、キミスイ、バッテリーともに、本当に素晴らしい漫画になっています。

脇役も魅力的ですぜ~(笑)

彼ら、彼女らを、このように言っていいのかはあれですが、「僕」や「桜良」以外のキャラクターも、非常によく描かれていて、とても楽しかったです。

とくに、ガム君などは、こんな表情もするのね!という感じで、イメージよりもだいぶ表情が豊かに描かれていました。

もちろん、他のキャラクターも小説よりも表情豊かな感想があります。

ただ…。

それにしても怒っているシーンが結構あるのですが、正直、みんな怖すぎる(笑)
そこまで怒らんでもええやんか…と思いながらも、まあ、気持ちはわかるけど、という感覚もありました。

そういう意味では脇役と呼ばれるようなキャラクター達も、生き生きとしていて、ここは桐原いづみさんの実力がよく出てきているところだと、私は思っています。

生きててほしいに決まってるだろ…。

上巻の巻末にも「生きててほしいの?」といシーンが出てきますが、「そんなことは当然だろう!」と「僕」以外の人たちはみんな思っていることでしょう。

ですが、その願いは空しくも消えていきます。

しかし、この悲しい現実をどのように受け入れて、生きていくのか?というのが、「僕と桜良」の物語だと言えます。

そもそも、この厳しすぎる現実が無ければ、二人があのような時間を過ごす事はなかったでしょう。

このように言ってはあれですが、おそらく、そこらへんにいる量産型の日本人として、みんな人生を送っていたことでしょう。

もちろん、この物語が終わったあとの、みんなの未来がどのようになっているのかは、よくわかりません。

ですが少なくとも、桜良という一人の女の子がきっかけとなり、何人かの人達の人生には確実に大きな影響を与えたでしょう。

そして、桜良や僕を通して、読み手である私たちの人生にも確実に何かしらの影響を与えてくれています。

私にこの作品を紹介してくれた知人は「今日を、一日、一日を大切に生きていこう!と本当に思わせてくれる作品だ」と、良く言っていました。

実際に読んだ後は、私もこのような気持ちを実感しています。
ただ、この言葉だけで終わらないくらいに、多くのものをもらったと思っています。

それについては、また別の機会に残りは書きたいと思っています。




ただ、ここからは、作品に関してというよりも、私個人の独善的な思いになります。

当然ですが、親しくなった人を失いたくない…というのは、人間であれば普通のことだと思います。

また、桜良のような運命を背負った人に対して、何ができるのか?と、とことん考えることも、時には悩んだり、何もできないと思うあまりに自暴自棄になったりするときもあると思います。

他人に八つ当たりをするかもしれません。

ですがそれでも、その時まで何ができるのか?と、諦めないでいたいと私は思っています。

というか、実際にそうしてきました。

多くの人が諦めて、受け入れていたとしても、やっぱり、わがままだと思われても、そこだけは譲れない…と、今の私は思っています。

もちろん、スピリチュアル系のように願えば何でも望み通りなる!なんてことは、今のところありえません。

だからこそ、望まない結果になったとして、そこで一時的に凹んだり、止まったりしても良いから、また、前を向いて歩いていくのです。

そして、このような考えは、桜良のような人たちが願うことではないでしょうか?

もし仮に、自分が桜良のような運命を背負っていたとしたら…と考えたら、やっぱり、周りの人たちに幸せになってほしい!と思うはずです。

それは、桜良も同じです。

だからこそ、友人から怒られようとも、あのような選択をしてきたのですから。

感情移入という言葉がありますが、人間は、実際に実在をしない内容にも感情移入ができる唯一の存在です。

そして、漫画や小説というのは、非日常という日常を体験する素晴らしいツールでもあります。

特に漫画であれば小説よりもハードルは低いので、多くの人が手軽に接することができる内容だと思います。

ただ、単純に作品を楽しむのも良いと思いますが、出来れば、それぞれの人物になりきって、そして、それぞれの人物の立場に自分がなったとしたら、どのような選択をするのだろうか?ということを考えながら、作品に触れることも、私はおススメしたいと思います。

色々な楽しみ方、接し方ができるのが、「君の膵臓をたべたい」という作品だと、私は思っています。


それでは、今日も最高の一日を!